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アジア横断シルクロード日記


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現在地はどこなの?

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黄金のバシュ像と独立記念塔 in アシュガバート
2007年5月21日(月)
手なんて腐っちゃえばいい!

 ↑今日の写真は、黄金のバシュ像と、後ろにそびえ立つ『独立記念塔』だ。 素敵だろ?

 今日、また別の黄金のバシュ像を見付けてしまった・・・ 一体、アシュガバートには黄金のバシュ像が幾つあるんだ?! これからトルクメニスタンに行く人は探してみましょう。 ちなみに俺は、アシュガバートで5体、マリで1体見付けちゃったもんね!
 より多くの“ゴールデン・バシュ像”を見付けられた人の勝ちね。
 見付けた5体の内、3体は近くに警官がいて撮影禁止で、「ニエット!(駄目だ)」攻撃を受けて撮影を断念。 せいぜい、バシュ像の後姿を隠し撮りするので一杯一杯でした。

 散歩をしていたら、レーニン像を発見した。
 笑っちゃったよ、レーニン像を見て。
 すっげー小さいの! しかも、ただの銅像で地味。 バシュ像なんて黄金ですよ! キンキラキンのピッカーですよ! バシュ像の大きさをジャイアント馬場とするならば、レーニン像はコンゴの奥地で生活するピグミーちゃん。

 実はねぇー、本屋さんに行ったら『ルーフマーナ(魂の書)』を見付けちゃって、ついつい買っちゃいました! 色々な言語に訳されて売られていて、な、なんと日本語版ルーフマーナがあったから・・・
 で、買ってみて気が付いたんだけど、重くてデカくて、すっげー邪魔!
 ハードカバーで400ページあるからな。

 でもね、たったの5万マナト(約245円)だった。 安くね? 日本じゃタバコすら買えないぜ。
 まぁ、昨日買ったバシュ絵柄缶のお茶より安かったのはどーかな?と思うけど。
 お茶が高過ぎるのか?
 メーカーがバシュに肖像権で金払ってるからか?

 『ルーフマーナ』の内容はこれからゆっくり拝読するとして、冒頭の宣誓の部分だけを紹介しよう。
 著作権とか大丈夫かな?
 トルクメニスタン政府から訴えられないかな?

             『宣 誓』
  「聖なるトルクメニスタン、
   私の母国、
   あなたに捧げてもいい、
   この命を、この身体を!
   もしも私があなたのことで
   少しでも疑いを持てば、
   私の手は腐るがいい!
   もしもあなたの悪口を言えば、
   私の手は腐るがいい!
   母国を、偉大なるトルクメンバシュを
   裏切ったら命がなくなるがいい!」

 ・・・・・・・・・・

 やばくないっすか?
 「私の手は腐るがいい!」って、あなた・・・
 手なんて簡単には腐らないもんですよ。

 っていうか、これってどんな宣誓よ!!
 今年の夏の甲子園の開会式で、選手代表がこんな選手宣誓をしたら・・・

  「もしも私がチームメートのことで
   少しでも疑いを持てば、
   私の手は腐るがいい!
   もしもチームメートの悪口を言えば、
   私の手は腐るがいい!
   母校を、偉大なる監督を
   裏切ったら命がなくなるがいい!」

 ぜんぜん爽やかじゃなーい!
 こんな宣誓をされたら、高野連に抗議の電話が殺到するだろ?
 「手が腐ったらボールが投げられないだろ!」って。

 しかも、『ルーフマーナ』の宣誓文をよく読んでみれば、最初の部分以外は「疑い」、「悪口」、「裏切り」と、超ネガティブじゃね?
 もっとポジティブな宣誓が好き。

 もっとゆっくりしたいが、移動します。
 明日にはビザが切れるから、今夜中に出ないとギリギリで間に合わない可能性がある。
 夜行乗合タクシーに乗って、一路ウズベキスタンの国境にあるキョーネ・ユルゲンチを目指します。
 ホント、トルクメニスタンの5日間ビザは短過ぎ!! ルートにもよるが、実際には2日は移動日で消えて正味3日しか有効活用出来なかった。

旅の出費
タバコ: 30,000マナト
ポーチ: 50,000マナト
外食代: 88,000マナト
タクシー: 20,000マナト
生活用品: 42,000マナト
ルーフナーマ(魂の書): 50,000マナト
合計: 280,000マナト(約1,370円)

中立広場、左がトルクメンバシュ宮、奥がルーヒエット宮 in アシュガバート
2007年5月22日(火)
ウズベキスタン共和国入り

 “スタン”2カ国目となる『ウズベキスタン共和国』にやって来た。
 そして、このウズベキスタンで人生通算70カ国目となりました。 昨年1月にケープタウンを出発するまでは、25カ国しか行ったことがなかったのに、わずか16ヶ月で45カ国も回ってしまったようです。
 俺って、すごい行動派ですね。

 ウズベキスタン共和国とは?
 中央アジアの『スタン』の中で、一番真ん中に位置するスタンです。 他の5ヶ国のスタンと国境を接している素敵な(?)国なのだ。
 トルクメニスタンにはバシュがいた(過去形)が、ウズベキスタンにはカリモフがいる(現在進行形)。 でも、カリモフはバシュほどは目立っていない。 黄金の像はありませんから。
 彼は、ちょっとだけ強権政治をしてるだけ。 自分の退陣を求める群衆に発砲して1,000人以上の犠牲者を出したりとか、そんな感じです。

 昨日の夜にアシュガバートを出た乗合タクシーは、約9時間かけてカラクム砂漠を縦断して、ウズベキスタンとの国境の町キョーネ・ユルゲンチに着いた。
 ホントは砂漠が好きなので、日中の砂漠を移動したかったのだが、日程的に厳しかった。
 真夜中に、砂漠のど真ん中のチャイハネ(カフェみたいなもん)に寄った時、満天の星空の美しさに「手は腐るがいい!」とため息を付いてしまった。 ホントに“星が降る”かのような星空で、流れ星も何個も見えた。
 夜道に座り込んでいた野良ラクダも見た。

 早朝7時半にキョーネ・ユルゲンチに着いてから、タバコや簡単な食料品を買い込む。 絶対にトルクメニスタンの方が物価が安いからだ。 タバコも、俺が吸っているのは1箱48円。 コカ・コーラLightの1.5リットルも、48円。 Lightじゃない、普通のコカ・コーラならなぜか高い。

 乗合タクシーに乗って国境に向かい、トルクメニスタンを出国する。 何の問題もなかった。
 少し英語を話せる係官がいて、「向こうに日本人がいるぞ」と言う。 「へー」と思っていると、「10人くらい」だって。 えー! そんなにいるの?!
 実際に会ったのだが、日本人ツアー客の団体にこんな場所で会うとは思いもしなかった。 ウズベキスタンとトルクメニスタンの2カ国を周るツアーらしく、40〜50代の人が多かった。
 自分で行っておいて言うのも何だけど、マニアックなツアーだね。

 ウズベキスタン側の国境で、なぜか俺モテモテ。
 国境越えをしているウズベキスタン人たちに、相当絡まれたのだった。
 「独身か?」と聞かれ、「そうだけど」と答えると、おばちゃんが「うちの娘と結婚しろ」などと訳の分からないことを言って、一緒にツーショットで写真を撮らされた。 しかもおばちゃん、自分の娘に一々細かくポーズを要求していたのが面白かった。
 肝心の娘だが、『毎日の畑仕事で、顔がゴツゴツになっちゃいました』的な娘で、残念ながら恋愛感情は芽生えなかった。
 俺のパスポートが皆に回され、「この写真の方がハラショー(Good)だ。 ヒゲは駄目だ」と皆に言われた。 今、髪が肩まであるので女性に間違われないようヒゲを生やしているのだが(生やしていても間違われるけど)、俺はそんな他人の意見にすぐ影響されるような奴は好きではない。 “自分”というものを持っていれば、我が道を行けば良いのだ。

 後で、宿に着いてから速攻ヒゲを剃った。
 そんな自分が好き。

 国境を越え、乗合タクシーでホジャリという町まで行き、そこでマルシュルートカに乗り換えて、カラ・カルパクスタン共和国の首都ヌクスにやって来た。 ヘンチクリンな名前の共和国だが、独立国家ではなくウズベキスタン内にある共和国だ。

 国境からホジャリ、ヌクスとやって来て、最初のウズベキスタンの印象は「けっこう好きかも」。
 人は優しいし、彼らのノリが俺にはちょうど良い。
 後で知り合ったフランス人とイタリア人の旅行者が言っていたが、他の地域に比べて、同じウズベキスタン内でもここの地域は人が良い!と言っていた。
 他を見てきた彼らが言ってるんだから、良いんだろう。 明日は、彼ら4人と一緒にアラル海の方に行くことにした。

 日記の写真は、トルクメニスタンの首都アシュガバートの中心地。 中立広場の左には、金のドームが目印のテュルクメンバシュ宮。 その奥に見えるのは議会。 広場の奥の青いドームが目印なのはルーヒエット宮。

旅の出費
食費: 18,000マナト
タバコ: 15,000マナト
タクシー: 5,000マナト
外食代: 42,000マナト+6,900スム
乗合タクシー(→キョーネ・ユルゲンチ): 10USドル
乗合タクシー(→国境): 10,000マナト
乗合タクシー(→ホジェリ): 20,000マナト
マルシュルートカ(→ヌクス): 300スム
タクシー: 800スム
インターネット: 800スム
宿代(1泊分): 10USドル
市内マルシュルートカ: 200スム
合計: 11万TMM+20USD+9千UZS(約3,660円)

アラル海も今は砂漠
2007年5月23日(水)
急激に縮小するアラル海

 アラル海という湖がある。
 かつては世界第4位の大きさを誇る湖だったが、砂漠化の進行でどんどん小さくなってしまった。
 現在の速度で縮小が進行すると、30年後にはアラル海自体が消滅してしまうそうだ。

 そんな、“元”アラル海沿岸最大の町モイナックにバスに4時間揺られてやって来た。
 今は、な〜んにもない小さな町だ。 昔は漁業と缶詰工場で栄えていたらしいが、それも1970年代までの話。 今では海岸線が町から100km以上も離れてしまったので、ただの砂漠の中にある町でしかない。

 元々は漁業の町として栄えていたから、船が沢山あった。 それが、海岸線が急激に離れていったので、船だけ取り残されてしまい、墓場のような船の残骸が残されているらしい。
 その船の残骸の数々を見にわざわざやって来たのだが、実際に来てみると・・・船がない。

 町の直ぐ近くに、3隻ほど残骸が残されていたが、まぁただの鉄屑だ。
 第2次世界大戦記念碑の上から、“元”アラル海だった場所を見渡してみる。 地平線まで続く平らな大地は、不毛な砂漠と化していた。 で、肝心の船は・・・遠くにポツンポツンと3隻程度見えた。
 『船の墓場』というから、船が密集して沢山あるのかと思っていたが、あまりにも少な過ぎるし、1隻1隻の間が遠い。 どうやら、数年ほど前からロシアの会社がやって来て、船の鉄を根こそぎ取って行ってしまったらしい。
 そんなわけで、モイナックには船がありません!

 極暑の炎天下の中、遠くに見えた船まで歩いて行ってみた。 ポツンと錆だらけの元貨物船が転がっていた(写真)。
 近くに湖が見えた。 話によると、政府が人工的に湖を造ったが、どんどん水が無くなってしまっているらしい。 アラル海は塩湖だったから、それで水がなくなると、ただの“塩を多く含んだ大地”にしかならない。 当然、そんな場所では植物も育たず、人口は減る一方だと言う。
 少し前までは『船の墓場』ということで観光客もそこそこ来ていたらしいが、今では肝心の船すらなくなり、観光客すら来なくなるのではないか?
 俺も実際に来てみて、「わざわざ来るほどの場所でもないな」と思った。 だって、船がないから。

 ちなみに、現在のアラル海の海岸線を見に行くには、バイクで片道6時間掛かるそうです。
 往復12時間・・・
 そう考えると、当時はアラル海沿岸で最大の町だったというのが嘘のような風景だ。

 モイナックには宿が1軒しかない。
 レストランと呼べるところも非常に少ないのだが、宿の近くに朝鮮族が経営する“なんちゃって朝鮮料理屋”がある。 味付けが、どことなく朝鮮風と思えば思えなくもない程度だが、俺にとっては「東アジアに近づいて来た」と、なかなか感嘆深かった。
 おばちゃんが朝鮮族なのだが、朝鮮語は全く話せない。 「アニョハセヨ」ぐらいは知っていたが、顔は朝鮮系でも完全にロシア、ウズベク化していた。 多分、朝鮮系3世とかなのだろう。
 第2次世界大戦で、スターリンが多くの朝鮮人や日本人をシベリアや中央アジアに強制連行した。 その数は、日本人だけで最低60万人と言われている。
 俺は行っていないが、トルクメニスタンには日本人捕虜が強制労働で建てた建物もある。 カザフスタンのアルマトゥには、そんな日本人抑留者の墓地があるそうだ。
 「こんな場所にまで日本人が連れて来られたんだなぁー」と思うと、なんだか不思議な感じがする。

旅の出費
食費: 1,000スム
タクシー: 200スム
ビール: 1,800スム
外食代: 6,400スム
宿代(1泊分): 4,000スム
バス代(→モイナック): 2,000スム
合計: 15,400スム(約1,410円)

サーカス in ヌクス
2007年5月24日(木)
サーカス

 朝のバスでヌクスに戻って来た。
 モイナックは何もないからつまらない。 俺は1泊が限度。 でも、モイナックに3週間滞在するという日本人旅行者がいました。 まぁ、彼は“水問題”について写真を撮ってるジャーナリスト志望だから、理由があって良いけどね。

 最近、連泊したのはイランのマシュハドまでじゃないだろうか? この俺が、毎日移動しているとは自分でも信じられない。
 ウズベキスタンでも、どこかでゆっくりしたいなと思ってはいるのだが、何せ宿代が高い・・・
 ここから当分の間は1泊10USドルが続くだろう。 手持ちのお金が300USドル(約3万5千円)しかない俺としては辛い。 何とかお金を工面して、銀行口座にはお金が入っているのだが、イランからトルクメニスタン、ウズベキスタンとATMが使えない。 お隣のタジキスタンではATMでドル現金が下ろせるらしいので、それを当てにしているが、もし下ろせなかった時はどうなるんでしょ?
 そもそもウズベキスタンなんて、お金がない。 “お金がない”と言っても意味が分からないだろうが、銀行に行って両替しようとしても「スム(ウズベクの通貨)がない」と言われるのだ。 国中でお金の数が足りていないのだ。 お金がない銀行を銀行と呼んでいいのか?知らないが、銀行にも現金がない。
 結局、遠くの国立銀行に行って両替をするしかなかったりする。 変な国だ。

 夜、宿の目の前のサーカスに行ってみた。
 テント自体が小さかったので、まぁ子供向けのサーカスだとは予想していたが、多少は楽しみだった。 なんせ、俺には生まれて初めてのサーカスだったから。

 ・・・・・・・・・・

 全員国籍がバラバラな旅行者5人で行ったのだが、その全員が途中で退席。
 あまりにもお粗末過ぎる!!
 ムチ使いのお兄さんとか、アクロバティック兄弟とか、フラフープを回すお姉さんとか、色々出てきたが全部が全部レベルが低い。 ムチ使いのお兄さんの技の成功率は30%くらいで、しらけた。 アクロバティック兄弟は、色々な格好をして縄跳びを飛ぶだけ。 フラフープを回すお姉さんは、セクシーな格好をしてるだけで、実際にやったことと言えばフラフープを腰で回しただけ。
 B級なのかC級なのか知らないが、あまりに退屈だったので退席しちゃいました。
 子供たちは喜んでたけどね。 やはり大人になると心が荒んできて楽しめないのでしょうか?
 でも、俺が子供の頃に同じサーカスを見たとしても、「くだらねぇー」と言って退席していたはず。

旅の出費
タバコ: 50スム
タクシー: 200スム
外食代: 6,300スム
サーカス: 2,000スム
インターネット: 400スム
バス代(→ヌクス): 2,000スム
宿代(1泊分): 5USドル+6,000スム
合計: 5USドル+16,950スム(約2,120円)

イチャン・カラの城壁 in ヒヴァ
2007年5月25日(金)
町が博物館

 今の宿ではゆっくり出来ん!
 イラン以降、“毎日が移動日”の日々が続いているが、今日も記録を更新してしまった。

 ヌクスからヒヴァに移動しました。
 寝坊したのでバスには乗れず、ヌクスからビールーニーとか言うビニール袋みたいな名前の町まで行き、ここで乗り換えてウルゲンチへ。 また乗り換えて最終目的地ヒヴァに辿り着いたのは、出発してから4時間半が経っていた夕方だった。
 思ったんだけど、スタンに入ってから中長距離の移動が不便になって来た。 バスの本数が少な過ぎる。 結局、乗合タクシーやマルシュルートカが主流になっているのだが、これも1台を人数で割って料金が決まるので、人が集まらないと高くなる。 朝なら人が集まりやすいらしいが、それ以外だと不便。

 さて、ヌクスからウズベキスタンを東進しているのだが、その間に有名なオアシス都市が3つある。 まずはヒヴァ、続いてブハラ、そしてサマルカンド。 3つが3つとも観光地として名高い。
 まぁ、名高いと言ってもウズベキスタンに来ることになるまで俺自身知らなかったけどね。
 今日やって来たのは、その内の1つヒヴァ。
 かつてのオアシス都市が、そっくりそのまま保存されている“町ごと博物館”だ。
 まず城壁(写真)に囲まれたイチャン・カラ(内城の意)が、旧市街として保存区域になっている。 ここは1990年にUNESCOの世界遺産に登録されている。

 有名な観光地なので、観光客の姿も多い。 団体客がぞろぞろいるのを見たのはどこ以来だろう? イスタンブールでも団体客はあまり見なかったから、去年8月くらいのエジプトのピラミッド以来じゃないだろうか? ガイドに連れられた欧米人(なぜか、異様にフランス人が多い)、日本人がいっぱいだ。

 宿は、旧市街内のB&Bに決めた。 朝食付きで10USドルだが、ものすご〜く居心地の良さそうな宿で、久しぶりにのんびりボケーっとしようと思います。

旅の出費
食費: 2,200スム
外食代: 1,300スム
入場料: 1,000スム
市内マルシュルートカ: 300スム
マルシュルートカ(→ビールーニー): 2,000スム
マルシュルートカ(→ウルゲンチ): 1,500スム
バス(→ヒヴァ): 500スム
合計: 8,800スム(約800円)

イチャン・カラのメインストリート“パフラヴァーン・マフムード通り”
2007年5月26日(土)
極暑のオアシス都市

 デジタル一眼レフの死期が近い。
 まだ動きはするが、壊れた。 簡単に言えば、ピントが合わなくなった。 マニュアル・フォーカスでピントを合わせても、実際にシャッターを押してみればピントが合っていない。 最初は自分の視力のせいだと思っていたが、どうやら違う。 オート・フォーカス機能は完全にバカになって、使いものにならん。
 そんな訳で、ここ数日は同じ絵を連写して、ピントが合った写真だけを選んでいる。
 ケースにも入れずに剥き出しで持ち歩いてるし、何回も落としてるから、壊れて当然なんだけどね。
 日本に帰るまでは死を迎えなければ良いが・・・ それか、逆に完全に壊れてしまった方が楽。 完全に壊れたら、ただのゴミだから捨てて行けるからな。
 さ、さらに、パソコンの調子も悪い・・・

 照り付ける太陽でグニャグニャしながら、ヒヴァの旧市街(イチャン・カラ)を散歩する。 すっげー暑い!! 湿気がない分、日陰に入れば涼しいのは助かるが、それにしても極暑である。
 トルクメニスタンに入ってから、炎天下の中を歩く機会が増えてしまい、一気に日焼けして、今は密造拳銃を売りさばくフィリピン人みたいな風貌になってきた。

 暑いから、ちょこっとだけ散歩して、後はエアコンの効いた部屋で昼寝をして、夕方にまたちょこっと散歩しただけだが、ヒヴァはけっこう良いかも。
 こじんまりしていて回りやすいし、何より旧市街の保存状態が良いのが一番だ。
 そっくりそのまま残っている。
 もちろん観光客ズレしている部分はあるが、悪い感じではない。 ガキどもが、外国人を見ると「ボンボン、イエス?」と言ってくる程度か。 ちなみに、『ボンボン』とはキャンディーのことらしい。
 ついでに言うと、モイナックではガキどもが「ウォーター、イエス?」と言うのが流行っていた。 水くらい良いかな?と思ってあげると、1.5Lボトルの半分くらいの水を一気に飲まれてしまう恐ろしい攻撃だ。 ガキが飲んだ後のペットボトルの口が臭かったので、捨てた。 B型肝炎が心配な人、ペットボトルの口が臭いのが嫌な人は、断固断ろう。

 日記の写真、左側に見える煙突みたいなのが『カルタ・ミナール』。 最初は中央アジアで一番高いミナレット(モスクにくっ付いてる塔)を目指して建築が始まったのだが、その時の王様が遠征中に戦死したので、途中で26mの高さで中止された。 色鮮やかな青のタイルを使った外側全体の装飾が印象的だ。
 その手前の左右は、それぞれマドラサ(神学校)だ。

旅の出費
食費: 700スム
タバコ: 1,000スム
ビール: 1,500スム
外食代: 2,300スム
入場料: 16,000スム
合計: 21,500スム(約1,960円)

イスラーム・ホジャのミナレット in ヒヴァ
2007年5月27日(日)
彼らが言った。

 写真は、『イスラーム・ホジャのミナレット』。
 ヒヴァ最後の大建築で、1910年に建てられた。 高さはヒヴァ最高の44.8mある。
 ヒヴァの旧市街内は、狭い空間の中にそれぞれの時代を生きたハーン(王)や有力者たちが建てたモスクやマドラサ(神学校)、宮殿が密集しており、不思議な空間を作り出している。
 町自体の歴史はもっと古いが、現存する建物は17世紀から20世紀までの間に建てられたものが多い。

 今まで色々な旧市街に行ったけど、エストニアのタリンと同じくらいのレベルで好き。 タリンはドイツ騎士団時代の中世ヨーロッパの旧市街で、こちらはチンギス・ハーンに征服されて以来のハーン国の旧市街と、造りは全然違うが規模も同じくらいの手ごろな大きさで、俺の中では『AA+』に格付けされた。

 小さいので、頑張れば半日で見て回れるのだが、とにかく殺人的に暑いので午前中に30分〜1時間、夕方に30分〜1時間と、のんびり数日掛けながら見て回る方が良い。 そもそも、こんな場所に来て汗をダラダラ流しながら“一生懸命に”観光するのも、逆に勿体無い気がする。
 町に流れる悠々とした歴史の雰囲気が流れる空間の中で、悠然と過ごすのが粋な観光スタイルなのではないか?
 ということで、午後に目覚めました。
 いきなりビールを飲んで、ボケーっとしました。

 それって、旧市街とか歴史の雰囲気どうこうと関係のない、ただダラダラしてるだけじゃないのか?って思ったあなた! 人間が小さい!
 トルクメンバシュが書いた『ルーフナーマ(魂の書)』を読んでいませんね? ルーフナーマには、“独立国で中立国 トルクメニスタンの大統領 偉大なるバシュ”様がお作りになられた詩が沢山載っています。 それを読んで心を広くしましょう。
 そうすれば天国に行きやすく・・・

         『彼らは言った。』
  彼らは言った。
  「冠雪のキョペトダグは愛らしく歌うよ」

  彼らは言った。
  「時には若者が中で燃えるように吠えるよ」

  彼らは言った。
  「雷鳴とどろかす雨が近いよ」

  彼らは言った。
  「トルクメンを彷徨うは略奪よりもずっとまし」

  彼らは言った。
  「山にはゴルクト・アターの智恵が一杯」

 ・・・・・・・・・・ん?

 彼らって誰ですか?!
 その『彼ら』が言ってる言葉が、別に大したことを言っていない気がするのは俺だけなのか?
 「雷鳴とどろかす雨が近いよ」って、そりゃぁ〜天気が悪くて雨が降りそうだったら俺でも同じことを言うだろうよ。 ってことは、ここで言ってる『彼ら』って、俺のこと? でも複数形ってことは、『俺とその仲間たち』みたいな感じ?

 いやー、さすが尊師!
 じゃなかった・・・、偉大なるバシュ様!
 作られる詩も奥が深い!
 これで俺も天国に一歩近づいた気が・・・

旅の出費
食費: 1,700スム
タバコ: 1,200スム
入場料: 1,000スム
インターネット: 1,200スム
合計: 5,100スム(約470円)





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