アジア横断シルクロード日記
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2007年8月20日(月) |
人民解放戦線 |
今日は丸一日を中国ビザのために潰した。
『人民解放戦線』とは多分、人民を解放する武装組織ではなく、人民から解放してくれる武装組織のことじゃねーの? もしそうなら、電話して人民への制裁をお願いするところだったぜ。
そうです。 今日は中国大使館で人民の洗礼を受けてしまった・・・
タシュケントにある中国大使館では、月・水・金の3日間だけビザ申請を受け付けている。
ガイドブックによると、通常は申請から受け取りまで5日間かかるらしいが、パスポートの個人情報部分と、ウズベキスタンのビザ部分のコピーを渡せば、パスポート自体は預けなくても良いと書かれていた。
ウズベキスタンはパスポートがないと(合法な)宿にも泊まれないし、列車のチケットも買えない。 5日間もパスポートを取り上げられたら、非合法な宿でジーッとしているしかないのだ。
でも預けなくても良いなら、5日間だろうが1週間だろうが待てる。 早速、コピーを取って大使館に行った。
全然並ばない奴らと戦いながら、ようやく俺に順番が回ってきた。
パスポートと、コピーと、申請書を渡し、「1週間後の受け取りでお願いします」と言った。
大使館職員は受理してくれたが、「ハイ、次の人!」。 あれ? 俺のパスポートは・・・
「すいません、パスポート返してください」と言うと、「返さん!」との返事。
ほほー、「返さん!」かぁ・・・
って、それはすっげー困る!!
再び列に並び直し、順番なんて守らない奴らと戦いながら再び窓口に立った。
「パスポートを預けなければいけないのであれば、ビザ申請をキャンセルします。 だから、パスポートを返して」
かなり低姿勢で言ったつもりである。
ところが手でシッシとされてしまった。
何も俺は無理難題を言っているわけではない。 ビザ申請を取り止めるからパスポートを返してくれと、至極真っ当なことを言っているのに、1度申請してしまったら『何が何でもビザを発給するまで待て』的対応は如何なものか?
仕方がないので、申請者が全員いなくなるまで待って、再び「パスポートを返してふにゃ」と言ってみた。
すると急にキレ始める大使館職員。 怒鳴り始め、電気を消し、窓口をバッチーンと閉じられた。 終いには警備員を呼ばれ、力ずくで建物外に追い出されてしまった。
警備員が「まだ用があるなら、午後3時に来い」。
ムカつくんですけど・・・
一度宿に戻ることにした。 パスポートを持っている時は一度も職務質問を受けたことがない俺だが、パスポートを預けた途端に2度も職質された。
実は、今まで泊まっていた宿は今日でチェックアウトし、今日からは別の宿に泊まる予約をしているのだ。
荷物をまとめて、新しい宿に移る。 ところが、「パスポートがないと部屋はご用意出来ません」だと・・・
うぜー!!
午後3時、再び中国大使館に出向く。 インターホン越しに「パスポート返して」と言うと、「午後5時に来い」とのこと。
仕方がないので、午後5時まで待ちました。
すると「午後6時に来い」。
・・・・・・・
仕方がないので、午後6時まで待ちました。
すると「明日来い」。
いやー、それは無理でしょー? だって、俺パスポートないから宿にすらチェックイン出来ないんだもん。
「俺はどこに寝たらいいの? 大使館のゲートの前に寝てもいいんだな?」
すると「ちょっと待て」。
さらに30分待ちました。
誰もいなくなった大使館の前にいるのは俺だけ。 しかも、午後3時からずーっと待っていたので大使館職員もうざかったのだろう。
「80USドル払え」
80USドルは、特急サービス料金で即日発行の値段だ。 午前中に誤って「受け取り1週間」で申請してしまった直後、パスポートを預けなければいけないと知って急遽@即日サービスに変更するか、Aビザ申請をキャンセルするかお願いした時は、完全シカトだったのに・・・
パスポートを返してくれるのなら、仕方がない。
80USドル払いました。 すると5分も経たない内に、俺のパスポートが返ってきた。
パスポートを見ると、中国ビザが貼られていた。
しかも3ヶ月ビザ。
何だかんだで結果オーライだったが、ものすげー後味が悪いぞ!!
恐ろしやー中国大使館。
写真は、火薬の中に石を入れてテープでグルグル巻きにして、火をつけて投げていたグループ。
殺傷能力まではないとは思うが、当たったら間違いなく失明します。 だって、ビルの壁に向かって投げてたけど、壁に穴が開いてたもん。
暴動か?と思っていたら、結婚式でした。 結婚ぐらいで暴れないでもらいたいです。
旅の出費;
タバコ: 700スム
食費: 1,000スム
地下鉄: 1,750スム
外食代: 1,300スム
タクシー: 3,000スム
証明写真: 2,000スム
インターネット: 100スム
中国ビザ代: 80USドル
宿代(1泊分): 33USドル
合計: 9,850スム+113USドル(約13,890円)
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2007年8月21日(火) |
ガリー |
タシュケントって暇だ。
皆は何をして遊んでいるのだろう? 特に見所もないし、特に面白そうな場所があるわけでもない。
タシュケント一の繁華街と言われている(誰が言っているかは知らないが)ブロードウェイも人は疎らで、3分で飽きること間違いなしだし、中央アジア一の規模を誇るチョルスー・バザールもただ広いってだけで、クソ暑い中をダラダラ汗を流してまで見て回る気にすらならない。
ガイドブックを開いて、見所チェッーク!
国立歴史博物館・・・興味ゼロ。
政治的被抑圧者記念館・・・へー。
鉄道技術博物館・・・数十輌の機関車が展示。
全くもってそそられるような見所がないのは何故?
そんなわけで、彼女と映画館に行って映画を観てきました。
『ハリーポッター』の最新作。
ロシア語に吹き替えられており、当然のことながら英語の字幕などもなく、全く意味が分からずに終了。
分かったことと言えば、『ハリーポッター』がロシア語圏では『ガリーポッター』になっていること。
あの、やけに顔色の悪い色白メガネ君は、皆に「ガリー、ガリー」呼ばれていました。
ちなみに、映画は観る時間帯によって値段が違うようで、午後2時台で3,000スム(約270円)でした。
写真は、ロシア正教会。 派手です。
旅の出費;
トラム: 500スム
食費: 2,100スム
映画: 6,000スム
地下鉄: 1,000スム
外食代: 12,550スム
タクシー代: 1,000スム
列車チケット(→ブハラ): 16,200スム
合計: 39,350スム(約3,560円)
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2007年8月22日(水) |
二千五百年の都市 |
5月末以来の、ほぼ3ヶ月ぶりのブハラ。
以前よりは暑さもマシになっていた。 “マシ”と言っても、暑いのに変わりはないが、以前のようにとろけるほど極暑ではない程度だ。
そんなわけで、とりあえずビールに走る。
前にも書いたが、『AZIA』というビールがウズベキスタンで一番美味しいのだが、ブハラ製のこのビールはブハラ、ヒヴァくらいでしか簡単には飲めない。
タシュケントでは中々売っている場所がないのが不思議だ。 タシュケントで大型スーパー巡りをしてみたが、ついに『AZIA』を見付けることは出来なかった。 1回だけレストランに『AZIA』の垂れ幕が掲げられているのを見た程度。
そういう意味では、ブハラに来た甲斐があった。
8月1日からウズベキスタンでは公共料金が一斉値上がりし、それに便乗して色々と値上がりしているようだが、どの位の割合で値上がったのか?分からないので、買い物する際に値段を言われても、それがボラれているのか?値上がって妥当な金額なのか?が判断出来ない。
相変わらずウズベキスタン(特に観光地)は面倒臭いです。
写真は、ナーディル・ディワン・ベギのマドラサ。 イスラム教では偶像礼拝は禁止されており、写真も偶像礼拝の対象になるので嫌がられるのはそのためなのだが、このマドラサ(神学校)の門には鳥と人の顔をした太陽の絵が描かれている。
完全に邪道です。
旅の出費;
食費: 1,800スム
外食代: 14,000スム
インターネット: 400スム
マルシュルートカ: 600スム
合計: 16,800スム(約1,520円)
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2007年8月23日(木) |
貧色 |
ブハラの何が気に食わないか?と言うと、飯を食う場所が少な過ぎる。
しかも、その少ないレストランも閉まるのが早く、夜9時過ぎに「あ〜、腹減った・・・」と外に出てみても、閉まってしまった後だったりする。
かと言って、レストランで食べる食事は選択肢が少なくて飽きてくる。 基本的に中央アジアの食事は大体が一緒である。 俺も中央アジアに入ってから既に3ヶ月以上が過ぎていて、飽きない方がおかしい。
有名な食べ物には、ラグマン(汁麺)、シャシリーク(串焼き肉)、プロフ(出来損ない炒飯)などがあるが、3ヶ月もいたら「あー、プロフが食べたいなぁ!」とは思わない。 選択肢がないから嫌々食べているだけである。
思ったのだが、中国から距離的に離れれば離れるほど、どんどん食文化は貧しくなっていく。
ラグマンだって、中国のウイグル人が作るラグマンはかっなり美味しいのだが、西に行けば行くほど不味くなっていく。 ウズベキスタン内にあるカラカルパクスタン共和国のラグマンなど、麺がフニャフニャのベチョベチョで食えたものではない。
あと、野菜の種類が少ないのが嫌。 栄養が偏るでしょう。
写真は、ブハラの100年以上前に建てられた家屋の内部。
旅の出費;
食費: 3,650スム
外食代: 10,100スム
インターネット: 400スム
合計: 14,150スム(約1,280円)
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2007年8月24日(金) |
灼熱バス |
ブハラからサマルカンドへ移動。
本当は使いたくなかったのだが、大型バスに乗っての移動。 ウズベキスタンのバスに、エアコンが付いているバスってあるの?
クソ暑い中で出発するバスをひたすら待つ車内は、完全なるサウナ状態。
しかも、性質が悪いことに大抵のバスは“元”エアコンバス。 つまり、窓が開かないのだ。 元々エアコンが付いていなかったら、それなりの換気が出来るはずだが・・・
結局、バスで4時間の移動だったが、今日は移動だけで疲れてしまった。
とりあえずビール・・・
旅の出費;
食費: 3,500スム
タクシー: 3,000スム
外食代: 10,700スム
宿代(2泊分): 40USドル
バス代(→サマルカンド): 8,000スム
合計: 25,200スム+40USドル(約6,880円)
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2007年8月25日(土) |
通行止め |
2年に一度、サマルカンドに世界各地からミュージシャンが集まり『シャルク・タロナラル』という音楽祭が開催される。
それが、今日25日から始まった。
ウズベキスタンの独裁者カリモフ大統領も出席する初日の今日は、異様なまでの交通規制が敷かれて大迷惑だった。
音楽祭はレギスタン広場で開かれるのだが、その前のレギスタン通りを全面封鎖。 さらにはレギスタン広場を囲むように全面封鎖。
その封鎖の仕方が馬鹿みたい。
大型バスを隙間なく縦列駐車させて壁にしている。 人さえも通れないほど隙間がない。 宿に帰ろうと思ったら、この大型バスの壁に邪魔されて滅茶苦茶遠回りする羽目になった。
全面封鎖で乗り物だけではなく、人間さえも通れなくなってしまった。
そのせいで、レギスタン広場の周りのレストランは閉店。 そして、そのせいで夕食に困って飢えることになるとは・・・
旅の出費;
入場料: 5,000スム
外食代: 12,900スム
マルシュルートカ: 600スム
列車チケット(→タシュケント): 8,300スム
合計: 26,800スム(約2,430円)
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2007年8月26日(日) |
レギスタンとドラクエ |
レギスタン広場に初めて入った。
前回ウズベキスタンにいた時は、サマルカンドに1週間滞在したのだが、外からしかレギスタン広場を眺めただけだったが、今回は彼女もわざわざウズベキスタンにやって来たことだし入ってみた。
入場料が高ぇー!!
まぁ、日本円にしたら600円くらいなんだけどね。 ウズベキスタンの物価から言えば相当高いです。 しかも、現地人の10倍以上もする外国人料金がうざい。
外国人料金を設定している国なんて滅びればいい。
レギスタン広場だが、現在開催中の音楽祭のセットが邪魔で、雰囲気を壊している。
ただ、夜から始まる音楽祭に向けて各国のグループがリハーサルをしていたのは面白かった。
写真は、イラン代表。
ちゅーか暑過ぎ!!
頑張ってレギスタン広場と、中央アジア一大きいモスクを見てギブアップ。
後は、エアコンの効いた部屋で『ドラクエ6』をやってました。 スーパーファミコン時代のドラクエだけど、攻略本なしだから難しい・・・
旅の出費;
タバコ: 800スム
食費: 3,800スム
タクシー: 2,000スム
入場料: 12,000スム
外食代: 14,700スム
マルシュルートカ: 600スム
合計: 33,900スム(約3,070円)
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