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アフリカ大陸縦断旅行日記


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現在地はどこなの?

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2006年5月1日(月)
技術的問題

 早いね、もう5月だよ。 そして、もう旅行は飽きたよ。
 しかし、日本に帰るためには移動しなければいけない。 アジス・アベバで知り合った日本人旅行者に別れを告げる。 メルアド交換をし、握手をし、皆に見送られ、タクシーに乗り込む。 一緒にタクシーに乗って、駅まで送ってくれた人もいた。 しかも、タクシー代までおごってもらった。

 予定では、アジスからディレ・ダワ(Dire Dawa)まで列車で移動し、ディレ・ダワからバスでジブチ共和国に入るつもりだった。
 ガイドブックによると、アジスからディレ・ダワ間の列車は月〜土の週6便あるらしい。

 さ〜て、駅に着いたぞ。 って、ガラガラだし、入り口に鉄製のチェーンが張ってあるのが若干気になったが、まぁ深くは考えずチェーンを跨いで駅に入る。
 「へーい、ディレ・ダワ行きの列車はどこだい?」と入り口のガードマンらしきおっさんに話し掛けると、一言『No train』。
 は? 意味が分からん。 すると『今日も明日も列車はない』
 え? すると『1週間くらいはない』と言い直された。
 「・・・なんで?」と聞くと、『テクニカル・プロブレム』らしいです。 それってどんなテクニカル・プロブレムなんだよ?! 列車を操縦するテクニックがないとか、そんなやつ?

 もう、こういう時って笑うしかない。 そして、宿に戻るしかない。 散々、皆に見送ってもらったのに、そのわずか30分後には戻ってくるわけだからギャグ。
 「恥ずかしながら帰ってまいりました」
 『またどこかで再会するといいね』って別れた人たちと、30分後に再会しちゃったよ。
 とりあえずビール。

 ディレ・ダワへは明日の早朝にバスで行くことにした。

 写真は、俺の訪エチオピアを祝してアジス・アベバに翻る日の丸。

旅の出費
宿代(1泊分): 23ビル
インターネット: 8.2ビル
ミニバス: 3ビル
外食代: 60ビル
タバコ: 10ビル
飲み代: 14ビル
バス代(アジス・アベバ→ディレ・ダワ): 53ビル
合計: 171.2ビル(約2,300円)

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2006年5月2日(火)
クルクリ

 早朝4時起き・・・ あと数日も我慢すれば、こんな早起きの国ともおさらば出来る。
 早朝に関わらず見送ってくれた皆さんと別れを告げ、タクシーに乗り込む。 乗り込んだはいいが、エンジンが掛からない。 そんなわけで、皆でタクシーを押す・・・
 ホント、昨日と言い、今日と言い申し訳ないね。

 アジス・アベバから、エチオピア第2の都市ディレ・ダワまでの道路は快適な舗装道路だ。 でも移動時間は10時間・・・ 狭苦しい座席でやる事もなくボケーっとしているのも、いい加減飽きてくる。

 夕方にディレ・ダワに到着。
 着いたバス・ターミナルで「明日ジブチに行きたい」と言うと、『バスはない。 列車ならある』と言われた。
 うそーん!? アジス・アベバのバス・ターミナルでは『バスはある』って言われたぜ。
 全く意味不明だったが、とりあえず3輪タクシーで駅に向かう。 この3輪タクシー、エチオピアで初めて見た。 普通に見た目はトゥクトゥクか、ベモ。 ちなみに、エチオピアではこれを“クルクリ”と呼ぶそうです。
 期待を裏切らない変な名前で安心した。

 駅に行ったら行ったで、『列車はないが、バスはある』と言われた。
 出たー、アフリカ的適当さ!
 またまたクルクリに乗って、『Gereny Hotel』に向かう。 どうやら色々な人たちの話を総合すると、このホテルの向かいからジブチ行きのバスが発着するらしい。
 どこ此処?という場所に連れて行かれると、ありました!ジプチ行きバス会社。 英語がイマイチ通じないのでよく分からなかったが、とりあえずジブチには行くようだ。
 何度も何度も確認したのだが、このバスは朝4時らしい。 そこまで朝早い理由が分からん。 明日の朝は3時台に起きないといけないじゃん・・・

旅の出費
タクシー: 7.5ビル
外食代: 21ビル
タバコ: 1.15ビル
宿代(1泊分): 27.5ビル
ビール: 11ビル
クルクリ(3輪タクシー): 10ビル
バス代(ディレ・ダワ→ジブチ国境): 60ビル
合計: 138.15ビル(約1,860円)

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2006年5月3日(水)
ジブチ共和国入り

 しくじったー!!
 エチオピアからジブチへは物資輸送の大動脈となるキレイな舗装道路が走っている。 正確に言うと、内陸国エチオピアの海の玄関口としてジブチから入ってくる物資輸送用道路だ。
 その道路でジブチに行くはずだったのに、なぜか俺は砂漠を縦断する未舗装道路を走るバスの中にいた・・・

 早朝3時半起床。 早朝って言うか、まだ夜だぞ、こんな時間。
 半寝ぼけのまま、総重量20kg強のバックパック2個を前後に背負い、バスに乗り込む。 乗り込んだはいいけど、出発しねーじゃん! 結局、空が白け始めた6時過ぎに満員になったバスはディレ・ダワの町を出発。
 4〜5時間経ってふと気が付いた。 なんで砂漠のど真ん中を走ってるの? ガイドブックには『ほとんどの道路がしっかりと舗装され山道でありながら、急カーブもさほどなくかなりのスピードで運転できる』って書いてあったから、その気だったけど、これって別な道路じゃねーの? 途中、「このバス、まさかソマリア経由ジブチ行きとかじゃないよな?」と心配になったりもした。
 すっげー暑いし、腹減ったし、豚骨ラーメン食いてー。

 デウェレ(Dewele)という何もない砂漠のど真ん中の国境でエチオピアを出国する。 ここから1kmほど歩いてジブチ領に入る(写真)。
 俺にとってアフリカ16カ国目となるジブチ共和国にやって来た。
 ジブチを一言で表すと、『どこそれ?』
 簡単に説明すると、国は北海道の4分の1くらいの大きさで小っちぇー。 公用語はアラビア語とフランス語で言葉通じねー。 見所もねー。 でも物価だけはヨーロッパ並みに高い。 ガイドブックに載っているホテルなんて、最安で29USドル(約3,300円)。
 ま、ただの通過地点です。

 国境から乗合タクシーで最寄の町に向かい、そこからバスに乗り換えて首都ジブチ・シティへ行く。
 ところがバスに乗る時に一悶着あった。
 どうやらジブチのバス・ターミナルには“シェフ”(フランス語)と呼ばれるボスみたいな奴が君臨していて、そいつが仕切っている。 ちなみに、シェフはシェフでも料理人ではない。 松田聖子の元彼でもない、ただの禿げ。
 そいつが、「ジブチ・シティまで、人1人500DF(約330円)。 荷物は1個300DF(約200円)」などと強欲パワーを炸裂してきた。 人の料金は現地人と一緒だが、荷物代は何なんだ? 現地人はタダなのに。
 ここで、西アフリカでフランス語を駆使して戦って来たミラクル登場。 しかし、相変わらずの喧嘩腰で速攻シェフに嫌われたミラクル。 怒ったシェフは、「絶対に料金は負けない」と鼻息荒い。 俺? 俺はタバコを吸いながら静観。 だってフランス語しか通じないんだもん。
 2時間以上の交渉(?)の末、結局言い値で乗ることに(泣)。 バスしか交通手段がないから圧倒的にこちらの不利。 しかも、シェフが全て仕切ってるから、どのバスもシェフが首を縦に振らないと俺らを乗せない。 汚ねーよ。
 思うんだけど、アフリカのバスで“荷物代”を請求してくるのは旧フランス植民地。 旧イギリス植民地では言われない。

 エチオピアと違い、ジブチは道路がめちゃめちゃキレイ。 元々国が小さいのもあるが、2時間で首都に到着した。 と言っても、ディレ・ダワを出てから13時間が経っている。
 首都ジブチ・シティの宿は、旅行者情報によると“最安ホテル”らしい『Hotel Horseed』。 それでも1人3,000DF(約1,970円)もする。 でもこの値段でエアコン付き。
 エアコンが付いてないといられない、ジブチ。 暑い!! タンザニアのダルエスサラームを出て以来ずっと高原だったから、この暑さは久しぶり。 そしてやる気が失せた。

旅の出費
タバコ: 2ブル+100ジブチ・フラン
外食代: 4ブル+700ジブチ・フラン
乗合タクシー: 220ジブチ・フラン
バス代: 800ジブチ・フラン
タクシー: 150ジブチ・フラン
生活用品: 150ジブチ・フラン
合計: 6ブル+2,120ジブチ・フラン(約1,470円)

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2006年5月4日(木)
イエメン行き船

 むちゃくちゃ暑〜い!!
 5月から10月はハムシンという熱風が吹くらしく、今日も40度を超えてるんじゃないか?って暑さだ。
 ジブチでは、昼の12時から夕方4時までシエスタ(昼休み)。 だって、暑過ぎて何もする気にならないぜ。 もちろん銀行から店、レストランまで閉まる。 そして銀行や政府関係機関も夕方4時から午後の部が開く。

 タクシーに乗ってジブチ港に行く。
 さすが内陸国エチオピアの為の海の玄関口だけあって、それなりに大きい。
 港に何をしに来たか?と言うと、イエメン行きの船を探しに来た。
 港のガードマンに「イエメン、イエメン」と言うと、ひとつの建物を指差された。 そこに行って「イエメン、イエメン」と言うと、『シェフが来るまで待て』と言われた。
 1時間待った。 シェフが来ねー! 痺れを切らせて、もう一度きちんと確認すると、全然関係のない部署で待っていたことが判明・・・
 とりあえず港の中に入ろうとするが、ガードマンが中に入れてくれない。 ピストルを腰に下げた偉そうな奴にパスポートを見せて、イエメンのビザを見せて「イエメン、イエメン」と言って、ようやく港内に潜入成功。
 港内でも「イエメン、イエメン」言ってたら、アラビア語しか話さないお兄さんが俺らを案内してくれることになった。
 灼熱の太陽が照りつける中、港を歩く。 するとお兄さんが、『イエメン』と言って遠くを指差した。 指の先を見ると、大きなコンテナ・タンカーがある。 むむ、デカイじゃん。 しばらく歩くと、お兄さんはまた指差す。 指の先には、先ほどのコンテナ・タンカーの隣りにある、古い錆の目立つタンカーが。
 ぼろいな・・・
 しかし、イエメン行きの船はその2隻のどちらでもなかった。 近づいてみると、タンカーの陰に隠れてボロボロの木製船が・・・え? 振り向くと、お兄さんはニコニコしながらボロ船を指差し『イエメン』。
 出たー!! アフリカ大陸を脱出するにふさわしい素敵な乗り物! こんなんで大丈夫か?

 小汚い連中がせっせと麻袋を船内に運び込んでいる。 船に近づくと、船員らしきおっさんが出て来た。
 出たー!! アラビア語しか通じねー! 「イエメン?」と聞くとうなずくが、それ以外は何言ってるか分からん。
 30分以上掛けて、紙とペンを使って、今度の日曜日の午後3時に出港すること、ジブチからイエメンのモカに向かうこと、料金は1人5,000DF(約3,240円)掛かること、航行時間は12時間掛かることが分かった。
 なんとかイエメンまでの足は確保出来た。

 ジブチとイエメン間には定期客船はない。 だから漁船もどきの木造貨物運搬船をヒッチすることになる。
 過去にこのルートを使った旅行者の情報によると、最初は12時間と言われるが、大体24時間から7日掛かるらしい。 7日って・・・ 食料と水は充分確保しておかないとな。
 あと怖いのが海賊と転覆。
 海賊はエチオピアの日本大使館でも言われた。 先月もフィリピン籍の船が海賊に襲われたらしい。
 転覆は、数ヶ月前にサウジアラビアからエジプト行きの船が沈没して200名以上が死んでいるし、つい1ヶ月くらい前にもジブチ⇔イエメン間の船が沈没して多数死んでいる。
 ただ今回ラッキーだったのが、船がイエメンのアデン行きではなく、モカ行きだったこと。 アデンはイエメン最大の商業港だが、アラビア海に面しているので波が高そうだが、モカ港は紅海に面しているのでまだマシな気がする。 気がするだけかも知れんが。
 ただ海賊に襲われる度は、アデン行きよりも高い気がする。

 ちなみに、“モカ”と聞いてコーヒーを思い浮かべた人、正解! “モカ”はモカの出荷港だったので、“モカ”。

 写真は、ジブチ・シティの中心部。 徐々にイスラム色が強くなってきた。 ビールも見付からない。 あるにはあるらしいが、どこにあるか分からん。
 野次もエチオピアの「You! You! China!」から、「アリババ」に変わった。 「アリババ」って・・・盗賊? イスラム圏で「アリババ」という野次はあまり良い意味ではないらしい。
 どんな意味なんだろう? やっぱり、盗賊?

旅の出費
ジュース: 590ジブチ・フラン
タクシー: 500ジブチ・フラン
外食代: 850ジブチ・フラン
タバコ: 100ジブチ・フラン
宿代(2泊分): 6,000ジブチ・フラン
インターネット: 250ジブチ・フラン
合計: 8,290ジブチ・フラン(約5,370円)

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2006年5月5日(金)
帰国子女の就職ゲーム

 起きたら午後2時半。 いやー、朝ゆっくり寝れるって大変よろしい。
 今日は朝食兼昼食兼夕食を取りに外に出た以外、ずっと宿でボケー。 唯一やったことと言えば、洗濯。 だって、暑過ぎてブラブラ散歩しようという気にすらならない。

 今日唯一のお出掛けは、写真の屋外レストラン。
 エチオピアよりも遥かに食生活が豊かになったのが嬉しい。 “豊か”というのは、バリエーションが豊富になったという意味で。 インジェラとパスタしかないエチオピアの田舎はこりごりだ。
 さらに、エチオピアの場合は夜8時に行っても料理がなくなっていることが多い。 レストランを何軒回っても、「ない」の一言で終了する。 その点、ジブチは夜遅くても食事にありつけるのが素晴らしい。

 「アリババ」の意味が判明した。
 直接の意味は『泥棒』。 裏の意味は『中国人』。 しっかし、中国人は世界中で嫌われていて大変だね。
 なぜ泥棒=中国人なのか? 尖閣諸島の領有権をいきなり主張しだしたりするからです。

 ところで、俺も日本に帰ったら、めでたく帰国子女。
 そんなわけで、帰国子女が日本で嫌われる理由No.1の“話す言葉にちょこちょこ外国語が交じる”を実践しようと今から心の準備。
 まず、「部屋に泥棒に入られた」と言う時は、『部屋にアリババが来た』と言います。 難しいのは、「部屋に中国人の窃盗団に入られた」と言う時。 『部屋にアリババのアリババに入られた』と言うしかないのか?
 そして、「昨日、飲み過ぎちゃってゲロった」と言う時は、『昨日、飲み過ぎちゃってインジェラった』と言います。
 「白人のお姉ちゃんとワゴン車に乗って遊びに行く」と言う時は、『ムズングのプーインとトロトロでパイティアオ』と言います。 お姉ちゃんたちと複数形になる場合は、『ムズング』が『ワズング』に変化します。 気分によって『トロトロ』は『ダラダラ』に変えてもOK。
 「俺って恋泥棒」と言う時は、『拙者、ラブ・アリババ』。
 これで俺も晴れてアメリカかぶれの馬鹿帰国子女の仲間入り。

 さらに! 本帰国に備えて、日本から遥か離れたジブチ共和国で『就職ゲーム』(スーパーファミコン)なるゲームをやった。
 ゲームのイントロがやばい。

 『バブル経済の崩壊 とどまる事を知らぬ円高 平成の大不況 それにともなうリストラ 倒産。そして解雇 今や終身雇用制度すら過去の伝説となってしまった
 職のない時代 平成は、今までにない大就職難の危機をむかえた・・・
 学歴だけでは就職できない 個性だけでも通用しない 夢や希望の熱い心 常識、責任、たゆまぬ努力 社会人が持つべき条件 それらすべてをそなえた時・・・
 その時はじめて 君は背広と言う名の戦闘服で日夜戦う企業戦士の本当の資格を得る!!』

 クソゲーじゃねーの?!と思いながらも最後までやってしまった。 運送会社、百貨店、証券会社、食品会社の4社の1次・2次面接試験を受け、内定は1社だけ・・・ 毎回、試験の後に面接アドバイスが出るオマケ付きだ。

 最後の診断結果によると、
 『時々、自分では気がついていないところで、他人に傷つけているので注意!
 自分の意見をもう1度見直してから、相手の気持ちを考え、発言するように心がけてください。
 事務や開発にも向いていますが、やれば、営業もできるタイプです』

 判断力と指導力、創造力は高得点だったが、適応力と実行力は最低・・・という診断結果。
 やっぱりクソゲーだった。

旅の出費
外食代: 650ジブチ・フラン
宿代(2泊分): 6,000ジブチ・フラン
合計: 6,650ジブチ・フラン(約4,310円)

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2006年5月6日(土)
暑さにノックアウト

 ダメだ、暑〜い!! ジブチの感想は『暑い』の一言で終了。
 エアコンの効いた部屋の外に一歩でも出ると、モワ〜っとしたねっとり暑い空気にノックアウト。 つい数日前までアジス・アベバで「寒い、寒い」言っていたのがウソのようだ。
 ケープタウンからアフリカ大陸の東を縦断してきたけど、内陸部は寒いが、沿岸部はむちゃくちゃ暑いことが分かった。 内陸部は大体高地になっていて、4〜5,000m級の山々が連なっているが、夜に水シャワーは無理。 でも沿岸部は水シャワーの水が暑さでぬるま湯になっている。

 写真は、エチオピアのディレダワから、ジブチ国境までの風景。 左側の遠くに見える砂埃が、バスの先を走るトラックの砂埃。 ちょっとナミビアっぽい。
 道端には、所々戦車の残骸が放置プレイされている。

旅の出費
タバコ: 300ジブチ・フラン
外食代: 1,300ジブチ・フラン
インターネット: 300ジブチ・フラン
合計: 1,900ジブチ・フラン(約1,250円)

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2006年5月7日(日)
さらばアフリカ

 昼前に宿を出て港に向かう。
 相変わらずも猛暑で、ちょっとバックパックを背負っただけで汗ダラダラになる。

 港内にあるイミグレーションに行って、パスポートを預けた後、『ALNASR』号に乗り込む。
 『ALNASR』号の貨物はピーナッツとシナモン。 荷物の上に座ると、ナイロビからエチオピア国境までのローリーを思い出してしまった。 でも広い分、足を伸ばせるし、寝転がることも出来る。 と言っても、荷物が硬いから寝辛いが。

 出港の寸前にイミグレーションの係官が船に来て、出国スタンプを押されたパスポートを持ってくる。 全員が船に乗り込んだことを確認した後に、パスポートは船長に渡される。 どうやらイエメン入国までパスポートは返してもらえなさそうだ。

 夕方5時過ぎに船はジブチ港を出港。
 アフリカ大陸が徐々に遠ざかって行く。 ただ、単純にブラック・アフリカを出れるのは嬉しい。
 未だに、エジプトに行くかどうかを迷っているが、現在サウジアラビアのトランジット・ビザを取得するのが無理らしいので、エジプトは諦めないといけない羽目になる可能性大。 行くとしたら飛行機。
 エジプトに行かなかったら、ホントにこれがアフリカ最後になるし、エジプトに行ったらまだ最後じゃないし、万感の思いに浸ってよいものなのか迷って、浸らないことにした。
 ミラクルは非常に嬉しそう。

 もしかしたらアフリカ最後になるかも知れないので、ここで勝手にランキング発表! 西アフリカは行ってないから、俺が行ったアフリカ16カ国+西アフリカも縦断してきたミラクルの意見も参考にしたランキング。

 やっぱりおススメNo.1は『ナミビア共和国』。 旅好きな人なら死ぬまでに1回は行くべきだ。 圧倒的な大自然の前で、人間のちっぽけさを感じるには最適。 難点はバックパッカーとして旅行するには無理があるので、レンタカーを借りないといけない(というか面白くない)&国土が広いので国内の見所を急ぎ足で回っても1ヶ月は掛かるので、それなりの出費を覚悟する必要あり。 俺の価値基準で言えば、それでも金を使う価値はある。

 続いて、他の旅行者たちとも意見が一致したのが、『南アフリカ共和国』。 大抵の人は南アをベストに挙げる。 こちらは車で回っても面白いし、バックパッカーでも大体の所はいける。 Buzz Buss(バズ・バス)と呼ばれるバックパッカー専用の国内周遊移動手段があり、バックパッカーが泊まるような宿にドア・トゥー・ドアで行くことが出来るほど環境は整っている。
 ブラック・アフリカを見ると特に感じるが、あの国はアフリカじゃない。 それが、南アが良い一番の理由。
 難点は物価が高い(特に宿泊費)ことと、治安が悪いこと。

 ブラック・アフリカでおススメは、『ウガンダ共和国』と『マラウィ共和国』。 ここの最大の売りは“人が良い”こと、“物価が安い”こと、“治安がよい”こと。
 『モザンビーク共和国』もかなり大穴で、人は素朴で良いし、海がキレイだが、とにかく道が悪いので移動に体力が必要なのが難点。

 全体として言えば、アフリカ人うざい。 石を投げてきたり、「ひーほー」、「ちんちゃんちょん」、「ユー、ユー、ユー、ファック・ユー」、「ファイト・ウィズ・ミー?」(カンフーの真似をしながら。 でも『OK』と言って近づくと逃げる)、など幼稚的な侮蔑態度が日常的。
 馬鹿にした態度で「チャイナ」、「チーナ」は1日に何十回言われる。 多分、俺は数千回言われている。
 これはアフリカ黒人の血が入っている所では、仕方がないことだと思った方がよい。 文明とか文化とか教育とか宗教とか色々な理由があるのかも知れないが、いずれにしても頭は弱い。 微妙な差で、西アフリカよりも東アフリカの方がうざいらしい。
 アフリカの自然は素晴らしいんだけどねー・・・

 船で荷物の上に仰向けに寝転がると、屋根がないので夜空が見える。 真夜中になると、それまで煌々と輝いていた月明かりが徐々に陰り、満点の星空が見えはじめた。
 ボケーっと眺めていると、流れ星が見えた。 急いで願い事をしないと!と思い、『早く豚骨ラーメンが食べれますように』と願った後に、思い出して急いで『チャーシューも2枚付けてね』と追加した。 追加分はかなわないかな?
 しかし、これから俺が行こうとしているのはイスラム教の総本山アラビア半島。 豚骨ラーメンは当分食べられそうにない・・・

旅の出費
食料: 210ジブチ・フラン
外食代: 310ジブチ・フラン
タバコ: 200ジブチ・フラン
タクシー: 300ジブチ・フラン
ボート代(ジブチ→イエメン): 5,000ジブチ・フラン
合計: 6,020ジブチ・フラン(約3,900円)





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